アメフト世界選手権2015・決勝 対アメリカ戦

今朝、アメフト世界選手権の決勝が行われ我らが日本代表は銀メダルという結果に終わりました。

 

アメリカンフットボール日本代表公式サイト

 

優勝したアメリカは強かったです。

 

この大会の三連覇を目指す王者アメリカは、アメフト母国のプライドを賭けて前半からエンジン全開の超本気モードでした。

 

アメフト世界選手権2015

 

日本は最初の攻撃でいきなりPick6を奪われると前半だけで5TDを献上、何とか攻守で2TDを返しますが、終わってみれば8つものタッチダウンを奪われ12対59と完敗を喫しました。

 

詳しいスタッツはコチラ

 

結果は大変厳しいものとなってしまいましたが、この大会収穫がなかった訳ではありません。

 

何と言っても銀メダルという成果は立派です。

 

私が思うに、今大会の日本は個々の力では劣っていたとしても、チームとしてのまとまりや完成度は参加国中トップクラスだったのではないでしょうか?

 

確かにフィジカルでは敵わない面も多々見られましたし、その差を埋めなければアメリカには勝てないと思います。

 

しかし、日本が通用した部分も少なからずあったと思うのです。

 

大会を通して好調だったDB陣はアメリカ相手でもその実力を発揮しました。
WR栗原選手などは可能性を感じさせるに十分な活躍を見せてくれました。
オールトーナメントには1stチームに3人、2ndチームに7人選ばれています。

 

アメフト世界選手権2015

 

それでも、このままではアメリカとの差は広がるばかりです。

 

先ほどチームの完成度と書きましたが、では果たして代表チームとしての合同練習などの準備は十分だったでしょうか?
協会のサポートは足りていたのでしょうか?
経済的な面も含めて、もっと出来ることやるべきことはなかったでしょうか?

 

さらに、この大会で日本が快勝したメキシコや成長著しいフランスなどは4年後どんなチームを作ってくるか、きっと油断ならない相手となるでしょう。

 

そう考えると日本は代表強化策を抜本的に見直す時期が来たと私は思うのです。

 

例えば、代表専任のコーチングスタッフが中長期的にチームを作っていく体制を作り、定期的に代表チームとしての活動をしてはどうでしょうか。

 

対外試合も、もっともっとやるべきでしょう。

 

選手の育成も計画的かつ継続的に行なっていかねばなりません。

 

選手もファンも、銀メダルに満足している人はいないでしょう。

 

4年後、念願の世界一の座に返り咲くためにもこの大会の結果を無駄にしてはいけません。

 

 

 

Heart & Soul 脇坂康生

今大会の日本には世界に誇る“レジェンド”がいた。

 

#43 DL 脇坂康生。

 

1969年生まれの46歳にして現役の日本代表だ。

 

更に開催された5回の世界選手権全てに連続出場したのは世界でただ一人、DLという体力的に消耗の激しいポジションでありながら驚くべき快挙である。

 

日本大学出身で西の強豪パナソニック・インパルスに所属、183cm114kgという体格とずば抜けた洞察力を武器に長きにわたって代表のまとめ役を担ってきた鉄人だ。

 

普段はパナソニックの人事部長という要職を務める。

 

彼にとって銀メダルという結果は決して満足いくものではなかっただろう。

 

試合後、フィールドを見つめるその姿は誰よりも悔しそうだった。

 

脇坂康生選手

 

しかし、彼が目指したものと闘争心、その心は必ず次の世代の選手に受け継がれていくに違いない。

 

 

脇坂康生、彼こそが日本の“Heart & Soul”だった。

 

山際淳司さんについて

こんにちは、deafです。

 

今週末、某局の人気バラエティー番組で高校野球を取り上げたスペシャル番組を放送するそうです。

 

“甲子園芸人”ってヤツです。

 

高校野球

 

ちょっと楽しみにしてます。

※いつか“アメフト芸人”もやってくれないかなぁって思ってます。

 

 

スポーツの見方

 

日本におけるスポーツの入り口は、例えば親父とのキャッチボールだったり、或いは学校の体育の授業だったり、または夏休みに家族とテレビで見た甲子園の高校野球だったり…

 

キャッチボール

夏のこの時期になると少しノスタルジックな気分で、スポーツとの関わりを考えたりします。

プールで泳いだのは、遊びの延長でしたからスポーツとは少し違うかもしれませんが、初めて25mプールの端から端まで足を着かず泳げたときの達成感は今でも鮮明に覚えています。

 

大人になり、スポーツとの関わりは主にファンとして観戦する側に移りました。

 

特にスタジアムでビール片手に観戦するのは格別です。
私はこのブログでもファンとしての目線で書いていきたいと考えているのです。

 

スタジアムでビール

 

まぁ、たまに解説者にでもなったかのような講釈を垂れますが、こういう困ったファンもいるってことです。

 

大阪には何千人何万人もの阪神の監督がいることでしょう、またサッカーもたくさんの人が代表監督気分で思い思いの采配を語っています。

 

スポーツにはやるものと見るものがいる訳で、見る側からやる側への敬意(リスペクト)や応援するチームや選手への深い愛情、スポーツが紡ぎ出す心動かす筋書きのないドラマを目撃する…そんなスポーツの楽しみ方としてのスポーツの見方をご紹介していければという次第です。

 

そこで今日は、選手でもない指導者でもない、スポーツ記者でも解説者評論家でもない…ファンにスポーツの持つ違う一面を見せてくれた人をご紹介します。

 

尊敬するノンフィクション作家、山際淳司さんです。

 

サンデースポーツ

 

山際淳司

 

山際淳司(wiki)

 

この人こそ、日本にスポーツライターという地位を確立させた人であったかと思います。

 

私が初めて山際淳司さんを知ったのは1994年NHKの番組「サンデースポーツ」のキャスターとしてでした。

 

見るからに元スポーツ選手ではないであろう山際さんを、私は勝手にNHKのアナウンサーだと思っていました。
しかし、アサヒビール(アサヒスーパードライ)のCMに出てるのを見て、あれ?と思ったことを覚えています。

 

 

この人、何する人?

 

この答えを、このとき真剣に調べていたら私の生き方は変わっていたかもしれません。

 

この知的で落ち着いた紳士が書いたものを私が手に取るのはずっとずっと後のことだったのです。

 

(ちなみにNHKのサンデースポーツは私に衝撃的な人物を見せつけた番組でもあるのですが、その話はまたの機会に譲ります。)

 

この番組での山際さんは現在はフリーとなっている草野満代アナウンサーとのコンビで、これまでのスポーツニュースとは違う切り口で番組を構成していたように思います。

 

山際さんを起用する前のサンデースポーツは元プロ野球選手(それも結構な大物?人気選手)をキャスターに起用していましたから、選手の目線・解説者の目線という番組の見せ方・作り方だった訳です。
ですから、キャスター自身の経験に基づく解説や、やたらと感覚的な表現が多く、それに対して山際さんの番組が取り上げる話題はより理論的であり客観的な視点でした。

 

それでいて、そこにまつわる人間ドラマを鮮明に映し出して見せたのです。

 

これは当時のNHKのスタッフの方々が優秀であったということも強調しておかねばなりませんが、そのときまだ学生だった私にはとても斬新な試みに見えたのでした。

 

しかし、そんな山際淳司さんがこの番組のキャスターを務めたのはとても短い期間でした。

 

1995年5月に番組を降板した直後、胃癌による肝不全で急逝。享年46歳でした。

 

スローカーブを、もう一球

 

 

1979年の日本シリーズ第7戦、9回裏の攻防は球史に残る名勝負でした。

 

この手に汗握る緊迫の場面を、徹底的な取材と冷静な分析力で再現してみせた『江夏の21球』は山際淳司という名前を一躍世に知らしめた作品です。

 

と、同時に日本のスポーツ・ジャーナリズムに一石を投じた画期的な作品でもあります。

 

この作品は「Sports Graphic Number」の創刊号に掲載され大変な反響を呼んだ訳ですが、現在まで続く人気雑誌「Number」の成功はここに約束されたと言ってもいいのではないでしょうか。

 

私がこの本を読んだのは発売から20年以上経た今世紀に入ってすぐのことでした。

 

正直言って知るのが遅過ぎました、学生時代に読んでいれば間違いなくその道を目指したと思います。
こういう職業があることを恥ずかしながら当時の私は知らなかったのです。

 

それまで『江夏の21球』については読んだことはありませんでしたが、その試合のことは知っていました。
当時の広島東洋カープの監督・古葉竹識氏は私の母の小学校の先輩で私の父の高校の後輩でしたから、私もクラスのほとんどが巨人ファンであったにも関わらず広島東洋カープを応援していたのです。

 

もちろん詳しいことは覚えていませんでした、後々になってテレビや雑誌などでかつての名勝負・名場面として取り上げられるのを見て、そんな感じだったのかなぁと思っていました。

 

やがて大人になり、山際淳司さんの作品に初めて触れたとき、私は衝撃的な感動を受けたのです。

 

この『江夏の21球』は現在は角川書店より出されている『スローカーブを、もう一球』の中に収録されています。

 

 

今見ても『スローカーブを、もう一球』は本当に素晴らしい一冊です。

 

冒頭の「八月のカクテル光線」からもう最高です。

 

“たったの「一球」が人生を変えてしまうことなんてありうるのだろうか。「一瞬」といいかえてもいい。
それは真夏の出来事だった。
夏でなければ起きなかったかもしれない。夏は時々、何かを狂わせてみたりするのだから。
八月一六日。晴れ。気温は30度をこえるはずだとウェザー・キャスターはいっていた。”

 

1979年夏の甲子園。全国高校野球選手権大会の3回戦、箕島対星陵の延長18回を描いた作品です。

 

 

どこまでも淡々と、どちらにも肩入れせずに語られる文章にどんどんと引き込まれます。

 

タイトル作の「スローカーブを、もう一球」も高校野球を題材とした名作です。

 

まるでテレビ中継が突然打ち切られたような唐突な終わり方は、読み手の中で試合がずっと続行していくような感覚を与えるでしょう。

 

ぜひ一度読んでいただきたい、不朽の一冊です。

 

タッチ、タッチ、ダウン

 

山際淳司さんのスポーツ関連の作品は、実はあまり多くありません。
スポーツライターの草分け的存在だと思っていた私にとって少々意外なことでもあります。

 

そんな数少ない作品の中で、山際淳司さん最後の長編作品となったのが『タッチ、タッチ、ダウン』、アメリカンフットボールに関する作品です。

 

冴えない中年男性がかつて夢見たアメフトに再び挑戦する様を描いた作品で、今の私もどこか共感を感じてしまう物語です。

 

屈強な米軍基地の男達に、無謀にも立ち向かう様は現代のドンキホーテのようでもあります。
どこか冷めた目線で、現実はそんなにカッコ良くないだろうと思いながら、でも、そんな主人公・勇二を笑えない自分がいます、まるでその場にいるかのように応援したくなってしまうのです。

 

タッチ、タッチ、ダウン (角川文庫)

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アメフトに関する作品に「12月のエンブレム」という作品もあります。
こちらは京大ギャングスターズのお話です。

 

試合中のケガで亡くなった選手とそのチームメイトが年末の甲子園ボウル制覇を目指す実話を元にした作品です。

 

こちらも、よくありがちなお涙頂戴的な単なる感動話ではなく、飽くまでもノンフィクションとして第三者の立場から語られます。

 

この引いた目線こそが山際淳司さんのスタイルで、事実をそのまま見せられるような描き方が読者の想像力を掻き立てるのです。

 

山際淳司さん以降にも、多くの優れたスポーツライターの方がいます。
しかし、山際淳司さんのようなある意味オシャレで、ある意味クールなスポーツライターを私は知りません。

 

物知り顔でスポーツエッセイを書く人は多くいますが、でもそうではないのです。

 

山際淳司さんは冷静な目線でスポーツを描きますが、その登場人物への深い愛情と尊敬の念を隠し味として練り込んでいるので、冷めた語り口でも読者を熱くするのです。

 

それこそが山際淳司さんの持つダンディズムでした。

 

私も、山際淳司さんのようにスポーツを語りたい…そう思って十数年、今こうやってブログを書いています。

 

読んでくださる人がいる限り、私が初めて山際淳司さんの本を読んだときのような感動を目標として続けていきたいと思っています。

 

史上最高のサウスポー、“ザ・スネーク” ケン・ステイブラー

 

1970年代、名将ジョン・マッデンに率いられたレイダースは最初の黄金期を迎えた。

素行のよろしくない荒くれ者や気難しい職人気質の選手達が集まったこの頃のレイダースは、他のチームが持て余す強烈に個性的な選手の集団だった。

 

ケン・“ザ・スネーク”・ステイブラー

そんなチームのリーダーは左利きの名QB、“ザ・スネーク”ことケン・ステイブラーだ。

 

 

ザ・スネーク

当時としては珍しいサウスポー、“ザ・スネーク”の異名の通り左右にロールアウトしながら、ややサイドスロー気味に投げるパスは抜群の成功率を誇り、1974年にはリーグMVPを獲得、更に1976年にはミネソタ・バイキングスを破り第11回スーパーボウルを制覇した。

 

ケン・“ザ・スネーク”・ステイブラー

決して強肩ではないが、ステイブラーと殿堂入りWRフレッド・ビレトニコフや快速レシーバーのクリフ・ブランチ、TEのゴーストことデイブ・キャスパーらとのパス・オフェンスはリーグを席巻し他チームの脅威となった。

 

ケン・“ザ・スネーク”・ステイブラー

また個人でも4度のプロボウル選出など輝かしい実績を残したレジェンドで、レイダーズに在籍した12シーズンで記録したパス成功1,486回、パス獲得19,078ヤード、150TDパスは今だ破られていないチーム記録でもある。

 

ケン・“ザ・スネーク”・ステイブラー

しかし、ステイブラーが残した記録のなかでも特筆すべきはその勝利数と勝率だ。

特に接戦や負けている試合においての集中力は驚くべきもので、NFLフィルムズが選ぶクラッチQBベスト10の第6位にランクインするほどの勝負強さを発揮した。

 

また、その集中力と勝負強さはまるでマンガのような展開を生み出し、いわゆる「ゴースト・トゥ・ザ・ポスト」や「ホーリー・ローラー」など数多くの名場面を演出、幾多の名勝負を繰り広げてきた。

QBの最も重要な仕事がチームに勝利をもたらすことであるならば、ケン・ステイブラーこそエースと呼ぶに相応しい、史上最高のQBの一人であろう。

 

ケン・“ザ・スネーク”・ステイブラー

その功績はもっと賞賛されて然るべきものだと私は考える。

 

史上最高のサウスポー

ケン・ステイブラー
この史上最高のサウスポーは、どこかニヒルでクールな男でもあった。
その笑顔とウインクで相手ディフェンスの敵意を削ぎ、あるいは逆撫でし、多くの女性ファンを魅了した。

 

お行儀の良くない他のチームメイト達と同様、それがレイダースの流儀でもあったのだが、ステイブラーも夜な夜な出掛けては朝方まで遊びまわっていたという。
それでもプロ選手としての自覚を失うことは無く、ジュークボックスの灯りでプレイブックの勉強をしていたという逸話もあるぐらい勝つための努力を惜しまなかった。

 

ケン・ステイブラーケン・“ザ・スネーク”・ステイブラー

今となっては、なかなかお目にかかれないタイプの選手だが、史上最高のサウスポーは古き良き時代を生きていたのかもしれない。

 

 

ケン・“ザ・スネーク”・ステイブラー
ケン・“ザ・スネーク”・ステイブラー   享年69歳

謹んで哀悼の意を表すると共に、その功績を称えます。

史上最高のサウスポー、元レイダースQBステイブラー氏が死去(NFLJAPAN.com)